初めてのXR-750、当時船場さんに3台のレーサーが輸入され
4台目はスペアーマシンだった。その部品取りのような
ガタガタを購入、こつこつ、治してここまでに。
パドックでは人気者だった・・・なぜ?ってTTクラスで
ディスクブレーキ付きは居ないんだよね・・・・1972年までの
車両でディスク付きはノートンコマンドくらいじゃないのかな〜
でもXR-750は最初っからブレーキ無しだから、なんでもいい
って事に、で、ロッキードダブルは無いよね。
XR750・1980年型の新車を初めて筑波でレース
激戦のMT-2、予選通過するも31位とブービー、その時の最下位争いは、1994デイトナ883を走った山崎編集長である。
同じく、XR-750 1980型、キャブまで当時の物が付いている
MIKUNI径36スムースボア-ラウンドタイプ
テクノマグネシオ、フォルセライタリア、RGBローターに
ロッキード、ってTTクラスで使ってた物のまんま・・・・
やっぱ、TTじゃ、まずいよね。
その後、新車の走りにイマイチを感じ、ナショナルゼッケン
#48 ナイトフレーム XR750 STOR'Zチューン
やはりナショナルゼッケンのXRは別物であった
おかげで、この後快進撃となった・・・・・・かな?
このマシーンが元のナショナルゼッケン#48
その後、斉藤龍一、茨木健一、と渡り
再び手元に帰ってくる、そして、今度は池田 篤、大坪靖男
へと渡っていく事になる。
C&Jのダート用フレームは直押しモノサス、
ロードでこのサスで乗るのは怖かった、柔らかくすると
腰砕けにかといって硬くすると接地感が無く、
リアから滑りそうで・・・・・どうすんだよーてんでスプリング
を可変ピッチに変えて何とか解決。エンジンは94年の新品
しかしバイクは綺麗だしカッコイイしご機嫌だったなー
テクノマグネシオのホワイトパワーのフロントエンド、ブレンボ
4ピストンダブル。
まるで、新車のようなXR-750、でも怖いんだよコレ。
この、とんでもないのはRS-250の足廻りにクロモリ
トラスフレーム、初めてロード用のフレームを自分で
造ってみた・・・・が
結果、ホイールベースが長いんだよね、これ
キャスターは立ってるんだけど曲がんなかったね〜
大苦戦だった。でもいい勉強になったよこれは。
その後の池田車、STOR'Z号はエンジンブローでお蔵入りに
なり、2000年の新品エンジンを購入、$13.000で部品で来る
ヘッドに至ってはキャスティングのまんま、HDJの
プライスリストでは¥3.500.000もしてる、もちろん組立工賃
は、別でね。
シャーシーは今は亡きナイトフレームで2本サス、
これは、STORZ号のままだ、このフレームは優秀だったな〜
その後の#48、池田 篤の最終2000年エンジン仕様
同じく池田号、サスはオーリンズに。
アンダーフレームのみC&Jを使用、スイングアーム
ピボットからネックにかけて造り変えてRS-250の
スイングアームで片持ちに、ホイールベースも1380mmとなり
ドライウェイトも140kgと軽量になり、戦闘力は格段の進歩
を遂げるはずだった・・・
斬新なアイデアと技術の結晶だと自分に酔っていたが
タイムは一向に伸びず何故か接地感の無い、旋回性
の悪い車体となっていた。後日判る事だがスイングアーム
ピボットの位置、そして何よりチェーン調整でホイールセンターが変化してしまう、エキセントリックに問題が・・・・
ま、これもいい勉強になるも、自分でライディングすることで
いろいろ解ることがあるが、同時にライダーとして
自滅する事となることに気づかなかった。
80’sストーツチューンのユニットをC&Jフレームに搭載
ダートレース専用として製作、しかし、ダートの壁は厚く
750を乗りこなす前に断念・・・・こけると痛いんだよね歳とると。
当然、王道のスタイリング、これで、待ち乗り出来たらいいね。
TTレース用に純正フレームを採寸し筑波用の味付けをし
忠実に再現したワンオフフレーム、
当然SCM4130で肉厚1.6mm(純正)に対し自分用に
1.2mmで仕上げた超軽量フレーム
自分で作ったフレームに乗るのは最高だけど、
ちょっと怖いんだよね。
国内TTレース用として組み立てるも製作した当初はデイトナのAHRMA TT出場も視野に入れレギュレーションに合わすべく
細部まで手を入れた一台。
XR-750 1980年型の新車? 友人から譲り受けた物で当時
2台所有し、一台はBOTTレーサーに使用するも、STOCKゆえ
速さはイマイチであり苦戦を強いられる、これはコレクション
として今も頭上にある一台、当然一度もエンジンは掛けておらず、ビス一本たりとも触れていない・・・・・・・・
いいのか?、わるいのか?
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初めてのXR-750、当時船場さんに3台のレーサーが輸入され
4台目はスペアーマシンだった。その部品取りのような
ガタガタを購入、こつこつ、治してここまでに。